堺市を もっと前へ。
松木 りょう
松木 りょう
堺市議会議員(東区選挙区)

2019年の国民生活基礎調査によると、ひとり親家庭の貧困率は48.1%と高い状況にあります。また、児童虐待、不登校、若年層の自殺、発達特性による困難など、多くの子どもや若者が様々な生きづらさを抱えています。

しかし、人は生まれた環境や家庭の状況を自分で選ぶことはできません。だからこそ社会は、どんな環境に生まれても将来の可能性を広げられるよう、「機会の平等」を保障する必要があると考えています。
私自身、ひとり親家庭で育ちました。高校卒業後すぐに就職し社会に出ましたが、その中で「同じような環境にある子どもに関わる仕事がしたい」という思いを強く持つようになりました。
その思いから大学へ進学し福祉や教育を学び、その後、大阪府の児童相談所に勤務しました。一時保護所の現場では、虐待や家庭環境の問題など様々な背景を抱える子どもたちと向き合ってきました。
そこで強く感じたのは、生まれた環境や周囲の状況によって、子どもたちの未来の選択肢が大きく左右されてしまうという現実です。一方で、適切な支援や大人との関わりがあれば、子どもたちの可能性は確実に広がるということも現場で学びました。

私自身も、これまでの人生の中で学びや挑戦の機会を得ることができました。しかし、それを「運が良かった」として終わらせてしまう社会であってはならないと考えています。機会は偶然に左右されるものではなく、社会の制度として選択肢を提示するのは大人の責任です。
私は教育と福祉を軸に、子どもたちが希望を持てる社会を実現したいと考えています。

政策

01. 児童虐待防止への取り組み

児童虐待防止への取り組み

全国的に児童虐待通告件数は上昇傾向にあり、堺市でも高止まり状態となっています。児童虐待の問題に関して社会の感度が高くなっているとも取れますが、児童虐待の問題は根深く深刻な社会問題です。親のせい、子どものせい、仕方ないで終わらせるのではなく、なぜ児童虐待が起こるのか、再発防止のための仕組み作りが必要です。大阪府子ども家庭センター(児童相談所)で働いた経験から、現場の声を行政に届けていきます。

02. 保護された子どもたちの 負担軽減

保護された子どもたちの負担軽減

保護された子どもたちはどのような生活を送っているかみなさんご存知でしょうか。子どもの安全を守るための一時保護所はしんどい環境にいる子どもが最初に訪れるセーフティーネットであり、子どもを守る側面から例えば通学できないなど一定の制限を受けます。なるべく子どもに負担感がないような環境つくりに取り組んでいきたいと私は考えています。

03. 養育費確保や 面会交流支援促進

養育費確保や面会交流支援促進

令和3年度 全国ひとり親世帯等調査の結果によると、離婚した父親から養育費を受けている母子家庭の割合は28.1%で、世界的にも低い水準です。離婚する前にちゃんと取り決めをしておくことが大切ですが、その割合は母子世帯で46.7%、父子世帯で28.3%に留まっています。面会交流に関しても別居の父と交流が続いている母子世帯の子どもは30.2%、別居の母と交流が続いている父子世帯の子どもは48.0%です。養育費や面会交流は子どもの権利です。子どものための養育費確保や面会交流の支援を目指します。

04. 子どもの居場所つくり

子どもの居場所つくり

子ども食堂の推進、放課後児童クラブや適応指導教室の充実、面会交流ルームの創設です。しんどい環境にいる子どもたちは、経験や体験の機会も少なく、大人と交流する機会も少ないため、地域の人々と交流する機会をつくり、子どもにはさまざまな経験や価値観に触れる機会を提供します。地域の方と交流できる子ども食堂や学校が苦手な子どもの居場所、親が離婚してから親と会いづらくなっている子どもには会える場所をつくり、色んな場面にいる子どもを肯定したいと私は考えています。

05. 萩原天神エリアの活性化

萩原天神エリアの活性化

スーパーが撤退し、無人駅となった萩原天神駅周辺について、民間活力の導入による公園の魅力化や都市計画道路の整備などによってエリア全体の活性化を推進します。

06. 高齢者向けの 健康・福祉サービスの拡充

高齢者向けの健康・福祉サービスの拡充

東区では全国平均 (28.60%)に比べ高齢化率が 高く(31.00%)、高齢者にやさしい街として行政 サービスを充実させていくことが大切です。介護 施設の整備や在宅介護支援を強化することはも ちろん、健康維持プログラムや交流イベントを通 じて高齢者の生活の質を向上させ、健康寿命の 延伸に努めます。

07. 防災対策の強化

防災対策の強化

地震や台風などの自然災害に備え、すでに決まっている学校体育館への空調機設置を着実に進めるとともに、物資の確実な備蓄やプライバシーに配慮するためのパーテーションの設置など避難所機能の充実に努めます。また、日頃の防災教育の強化を通じて、住民の防災意識を高め、緊急時に自助・共助が働く体制を整備することで災害に強い街づくりを進めます。

プロフィール

松木 りょう

堺市議会議員(東区選挙区)

松木 りょう

私は宮崎県で育ちました。
そして、高校卒業後に堺の企業に就職し、堺の大学で学び、以来ずっとこの街に根を張り生きてきました。
多感な時期から現在に至るまで、私を育ててくれたのは、ここ堺の温かい人々と、世界に誇るべき豊かな歴史・文化です。
堺に育ててもらったこの大きな恩を、政治の力で恩返ししたい。
その一心で活動しています。
私はこれまで、民間企業での勤務に加え、児童相談所の一時保護所や、砂川厚生福祉センターの強度行動障害支援施設といった、福祉の現場で働き向き合ってきました。
そこで目の当たりにしたのは、慢性的な人材不足という現実と、現場の努力だけではどうにもならない仕組みの限界です。
私たちの堺もまた、危機的な状況にあります。
優れた歴史資源や伝統産業を生かす街の魅力創出は必要不可欠です。
このままでは、先人たちが築いた堺の誇りを次世代に引き継ぐことはできません。
私は、民間・福祉・行政の視点を持つ強みを活かし、堺単体の枠にとらわれず、大阪全体を見据えた大胆な連携こそが、歴史伝統の価値を最大化し、持続可能な強い堺を創る道だと信じています。
世界に誇れる堺の未来を、私と一緒に創っていきませんか? 皆様の力を、どうか私に貸してください。
よろしくお願いいたします。

2009年4月
株式会社クボタ入社
2015年2月
大学進学のため退職
2015年4月
大阪府立大学教育福祉学類入学
2019年3月
大阪府立大学教育福祉学類卒業
2020年4月
大阪府へ社会福祉職として入庁
砂川厚生福祉センター、こども家庭センター勤務
2024年9月
立候補するため退職
2024年10月27日
堺市議会補欠選挙19297票を賜り当選

堺市での取り組み

  • 教育・福祉のデータ連携による早期発見・早期対応 福祉・保健・教育にまたがる行政データを分野横断的に連携させ、潜在的なリスクを抱えるこどもや家庭を早期に把握し、プッシュ型・アウトリーチ型支援につなげる仕組みの構築を推進。国の実証事業の動向を踏まえ、庁内連携のもと検討を進めることを市に確認・要望。
  • 児童虐待防止・警察との連携強化 児童虐待情報を警察と全件共有する仕組みをシステム化することで、これまで見落とされていたリスクへの早期対応が可能に。関係機関が情報を迅速に共有し、こどもの安全を守る体制の強化につなげた。
  • 一時保護所からの通学支援の実現 一時保護中の小中学生がタクシーで在籍校に通学できる制度を提案・実現。令和8年度より試行実施(予算772万円計上)。高校生には通学定期代の助成も。こどもの権利擁護・学校とのつながり確保に向けた重要な一歩。
  • 萩原天神駅(無人駅)の安全対策 無人駅における転落防止など安全対策の必要性を訴え、市が南海電鉄に対して転落防止策・転落検知システム等の整備を働きかけることを確認。バリアフリー基本構想へのホームドア設置等の明記も要望。
  • 養育費確保支援の充実 離婚届の参考様式に養育費・面会交流の取り決め欄を追加。民法改正(法定養育費の新設・先取特権の付与等)を踏まえた周知強化と、支援メニューの見直し・窓口連携の強化を市に求めた。
エピソード

高校進学を考えたとき、私は「高校を卒業したら就職して自立しよう。」と決めていました。その思いから、地元の工業高校へ進学しました。
高校では野球部に所属し、生徒会活動にも参加しました。仲間と一つのことに取り組む経験や、人前に立って活動する経験は、今振り返ると大きな財産になっています。
また、高校時代にはギターを始めました。ソロギターの曲でライブをしたり、友人と文化祭でバンドを組んで演奏したりと、音楽に打ち込んだ時間も多くありました。人前に出て何かを表現する楽しさを知ったのも、この頃だったと思います。
高校時代の恩師から、こんな言葉をかけていただきました。「プロじゃなくてもいい。音楽はずっと続けなさい。音楽は人と人をつないでくれる。そして、その縁を大切にしなさい。」
高校を卒業して15年以上が経ちますが、この言葉は今も心に残っています。人との出会いやつながりを大切にするという価値観は、私の人生の原点の一つになっています。

高校時代

大阪での僕の原点となる会社です。1年間の研修期間がありました。60人ほどの同期と朝5時半から大仙公園を同期とランニングしたり、同じ釜の飯を食べて、2人1部屋で生活しました。最初はホームシックになったり、投げだしそうになりました。しかし、同期とともに励まし合い、切磋琢磨した思い出は今となっては宝物です。富士登山をしてみんなで見た朝日はとても綺麗だったことを覚えています。
また、社会というものを教えてくれた会社でもありました。働くことの楽しさ、厳しさ、大切さを学びました。
始めて触れた社会という仕組みの中で疑問も湧きました。非正規雇用という形態やひとり親家庭の人が働きながら子育てをするのは大変ではないか。
雇用の格差は家庭の格差を生み、最終的には子どもの選択肢の格差につながっているのではないかと考えました。そして自分を客観視した時に気づいたのは私自身も高校卒業して就職したが、自分の選択ではあったものの生まれた環境の影響も大きく受けていたのではないかと思いました。
生まれた環境に左右されない社会と目指すためにはどうすればよいのかそのような仕事に携わりたいと考え、大学進学を考えました。教育と福祉に答えはあるのではないかそう考え大学の門を叩きました。

第一期社会人時代

大学では、勉学とアルバイトを両立しながら生活していました。現役で入学した学生たちとは年齢も離れており、最初は戸惑うこともありましたが、わからないことは年下の学生にも素直に聞き、教えてもらうことを大切にしていました。年齢にこだわらず、変なプライドを持たずに対話することの大切さを、この頃に学んだように思います。
大学では、子どもの貧困や福祉について学びながら、「子どもが貧困の連鎖から抜け出すためには何が必要なのか」ということを考え続けていました。自分自身の経験とも重ねながら、社会の仕組みや支援のあり方について真剣に向き合った時期でした。
また、手話サークルにも所属し、聴覚障がいのある方々との交流を通じて、多様な人たちと関わる大切さを学びました。仲間と活動する時間はとても楽しく、大学生活の大きな思い出の一つです。
大学4回生のときには、学園祭で「売り上げをすべて寄付する模擬店」を企画しました。仲間と協力して焼きそばを販売し、その売り上げを犬や猫の保護団体へ全額寄付しました。大学の仲間たちと一緒に声を掛け合いながら焼きそばを売った時間は、今でも忘れられない思い出です。
一つの目的を掲げ、仲間とともに行動することで社会に小さな変化を生み出すことができる。大学時代の経験は、その大切さを教えてくれました。

大学生時代

大阪府職員時代は砂川厚生福祉センターと子ども家庭センターを経験させていただきました。砂川厚生福祉センター時代は、利用者が地域で生活していくためにはどのような支援を取り入れていけばいいのか上司や先輩職員と試行錯誤しながら働いていたことを思い出します。職員が利用者のためと思っていても、本人が望まなければ支援として成り立ちません。利用者の気持ちをくみとりつつ、支援に繋げていく難しさを学んだ職場でした。利用者と接していくなかで支援に携わっていくなかで本人が喜んでいる姿であったり、新しい機会を提供できたりした時は嬉しかったことを思い出します。

子ども家庭センター時代は、一時保護所で勤務させていただきました。虐待を受けて保護されていても「家に帰りたい」と話す子どもを見てきました。様々な経験が不足している子どももいてひとつひとつを新鮮に感じてくれていました。そして、子どもは学びを吸収するスピードも早く、そんな子どもたちと一緒に生活しながら勉強したり工作をしたりして子どもの成長を感じる仕事にやりがいを感じていました。しかし、再び同じ問題で保護される子どもも多く、なぜ繰り返されるのか、根本的な問題に向き合う必要があると考えていました。

第二期社会人時代
第二期社会人時代
第二期社会人時代

市政レポート

SNS

最新の政策や取組を発信中!!

松木りょう事務所
大阪府堺市東区白鷺町3丁15-3